2025年4月に、ビジネスの中心地である虎ノ門ヒルズに開業した共創施設「Glass Rock(グラスロック)」。社会価値と経済価値の両立する社会を目指し、企業、個人、学生、NPO、研究者など多様な人々がつながり、学び合い、世間へ発信していく場です。Glass Rockはどのような構想から生まれ、コンセプトをどのように定めて進んできたのでしょうか。Glass Rockの企画・運営を行う森ビルの熊田さん、清水さんと、プロジェクトに伴走するVISIONGRAPHの坂本の3人に話を聞きました。
写真左:VISIONGRAPH Inc. / 未来予報株式会社 Project Designer 坂本 陽子
写真中:森ビル株式会社 新領域事業部 Glass Rock Gallery 担当 熊田 ふみ子さん
写真右:森ビル株式会社 新領域事業部 Glass Rock プログラム担当 清水 香帆さん
森ビルの皆さんとは、「社会課題」や「社会価値」に取り組む場、コミュニティについて対話を重ねてきました。中でも「対話から始まる価値創造」という思想には強く共感しています。正解のない社会課題に向き合い、異なる立場の人々と共に考え一歩を踏み出す場所。その歩みのプロセスを共有したく、今回お話を伺いました。
「つながる」「まなぶ」「ひろげる」Glass Rockの3つの特徴
――「Glass Rock」の特徴について教えてください。
清水さん:
Glass Rockはクロスセクターの連携と共創により社会課題の解決に取り組む会員制拠点です。施設ではコミュニティ運営の専門家が支える「つながる」場、実践的な学びや対話を生み出す「まなぶ」仕掛け、そして社会に対して課題や活動を「ひろげる」発信機能を有します。これらの「場」と「仕掛け」を通じて社会価値と経済価値の両立する社会を目指し、「社会課題解決」に向けたイノベーションの創出と持続可能な社会の実現に貢献したいと考えています。
――Glass Rockの構想はいつから始まったのでしょうか?
熊田さん:
社内でこの企画が立ち上がったのは4年前のことです。当時、私は六本木ヒルズでアカデミーヒルズ 六本木ヒルズライブラリーという会員制施設を運営していて、「虎ノ門ヒルズでも人が集まって知を発信するような施設ができないか」という相談を受けました。
当時は担当ではない立場で、虎ノ門ヒルズにどんな施設があるべきかを考え、「企業と個人がフラットにつながる場」がいいのではないかと答えました。その理由はアカデミーヒルズを運営する中で、個だけでは社会は動かないことを実感していたからです。
六本木ヒルズライブラリーが生まれたのは2003年のことで、当時は「20世紀は企業の時代、21世紀は情報発信ができる個の時代」と言われていました。自分自身のキャリアアップを求める個人が多かった時代でした。
一方、この企画が立ち上がった2021年当時はコロナ禍で、個人の価値観が大きく揺らぎ、変わった時期でもありました。これからの時代は個人が社会と折り合いをつけて、共に生きていく視点が必要になる。だから六本木と同様の個人向けの会員制ライブラリーではない、全く違った発想が必要だと感じました。

――Glass Rockのコンセプトは、どのように考えていったのでしょうか。
熊田さん:
2021年半ばには、社内の様々な経緯があって、私たちがプロジェクト化し、開業まで担当することが決まりました。とはいえ、自分たちだけで考えるのは発想の限界があるため、グローバルの動きに知見のあるVISIONGRAPHさんに伴走してもらおうと、お声がけしました。
最初は、世界にあるユニークな学びの施設についてリサーチしていただくところから始めました。
坂本:
リサーチ結果を発表した後、みなさんのご意見を聞きながら、私たちがご提案したのは虎ノ門ヒルズに集うのにふさわしいのは「創」の人か「動」の人ではないかという二つのコンセプトでした。インプットをした後に何かを創造する人、実際に行動する人という発想です。
熊田さん:
私たちは、創だけ、動だけ、いずれでも社会を変えることができないので、創と動を組み合わせる形がいいのではないかと考えました。
坂本:
その後、ペルソナワークショップを行い、会員となる人物像を3つに分類しました。動きたいけどモヤモヤしている人、背中を押されれば動ける人、アーリーアダプターと言われる、すでに動いている人です。こうした施設はアーリーアダプターが2割、背中を押されれば動ける人が8割くらいになるから、まずはアーリーアダプターが魅力的に感じるような施設コンセプトづくりをしっかりしようと話していました。
熊田さん:
森ビルサイドはコンセプト設計をしながら、施設の工事を始めるための内装設計なども同時並行で進めていて、毎日目が回るような忙しさでした。虎ノ門ヒルズは開発規模が大きく、ゼロから建物を建てるので、内装は開業の2年前には決めておく必要があるんです。
坂本:
私たちも施設デザインの専門家ではないものの、「発信できるポッドキャストブースがあった方がいい」「ワークショップが主体になるコミュニティが生まれやすい施設にした方がいい」など意見を出させていただきました。

施設活動の基盤となる3つのリテラシー 「未来思考」「対話」「共創」
――Glass Rockはクロスセクターの方々が集まりますが、なぜ幅広い方々を対象にされたのでしょうか。
坂本:
当初は個人会員を想定していましたが、議論の過程で「社会を変えようとするなら、大企業や行政の力も必要になる」という意見が出てきました。
そのとき、清水さんが「社会をより良くする企業の活動であるCSRやCSV(※)を、進めていけるようなものがいいのではないか」という意見をだされました。そこで、熱意のある個人会員に加えて、社会課題に対する解像度の高いNPOやアカデミア、そして社会を動かす力を持つ大企業を集めてコミュニティにするという方向性が決まりました。
※CSR(Corporate Social Responsibility)…企業の社会的責任、CSV(Creating Shared Value)…社会と経済双方の発展を両立させることを目指す共通価値の創造
清水さん:
CSRは企業が経済活動で収益を上げたところを社会に還元する意味合いが強いですが、社会問題の解決を企業の経営戦略の中核に据えることができれば、それはCSVになります。
というのも、ちょうどその頃、CSR担当者向けのイベントを開催する機会があり、担当者が壁にぶつかっていることを知りました。「CSR担当者は経営の本流ではないため、やれることが限られていて、どうしたらいいかわからない」と、歯がゆさやジレンマを感じている方が多かったんです。施設を通じて企業変革を促すことができるのではないかと考えました。

熊田さん:
こうした話し合いを経て、Glass Rockの構想を固めていきました。
森ビルが手がける都市はたくさんありますが、それぞれ特徴があります。例えば、2003年開業の六本木ヒルズが目指したのは「文化都心」。都市が強くなるには経済力だけでなく文化の力が必要だという考えです。
10年の時を経て、2013年開業した、虎ノ門ヒルズは「グローバルビジネスセンター」を標榜しました。では、この街にできる施設はどんな役割を果たすべきか。様々な議論を経て、「経済合理性」を軸にかたちづくられ、少しずつひずみを蓄積してきた社会に対し、100年後の未来にとって「よき祖先」となるための対話の場。取り上げるテーマは生物多様性やウェルビーイング、学び、平和や人権、ライフスタイル、食文化……などなど、社会の要請に合わせて範囲を限らず、さまざまな価値軸をもとに、取り上げていく。それがこのGlass Rockが目指すものと定めました。
――Glass Rockは「未来思考」「対話」「共創」の3つのリテラシーを大事にされているそうですね。その理由を教えていただけますか。
清水さん:
クロスセクターで領域を超えて、さまざまなバックグラウンドの方たちが集まっているからこそ、視野の違いは必ずあります。合意に至るまでに時間がかかったり、なかなか共創が実現できないこともあるでしょう。それでも共創していくためには、同じビジョンを持ち、互いの違いを認め合い、共に乗り越える力が必要になる。それが未来思考、対話、共創という3つの力だと考えました。
熊田さん:
このリテラシーは、VISIONGRAPHさんが話してくれたロケットの話に着想を得ています。
「未来思考」で、ロケットを打ち上げるという総論を生み出しても、実際に打ち上げるための各論が定まらないこともあります。そんなときに必要なのが「対話の力」です。対話を重ねることによって、最高の妥協点を見つけていく。妥協点が定まったら、みんなで動く「共創」が始まります。こうした発想で3つの力を設定しました。
妥協というとネガティブに聞こえるかもしれませんが、声の大きい人の意見が通るのではなく、多数決でもなく、みんなが少しずつ譲りあい、歩み寄り、納得できる結論に至る「最高の妥協点」が大事なのではないかと考えています。
また、誰もがチャレンジできるわけではありませんが、社会には行動を起こす人だけでなく、それを心の中で応援しながら見守る人も大切だと考えています。そういった理解もGlass Rockの活動を通じてメンバーに醸成していきたいと思います。
揺れながら進む航海の旅を伴走したVISIONGRAPHの存在
――プロジェクトを通じたVISIONGRAPHの伴走について、お二方の感想を教えてください。
清水さん:
新しいことを考えるときは、「本当にこれでいいんだろうか」という迷いが発生する場面が多いです。Glass Rockの構想でも正解が分からない中でさまざまなことに迷い、企画に揺らぎが発生していましたが、VISIONGRAPHさんが真摯に考えて伴走してくださったことが印象的でした。
坂本:
正直なところ、ここまで揺れるプロジェクトは初めての経験でしたが、私たちとしてはただ揺られているのではなく、進行方向が見えている船に乗った感覚でした。経済価値と社会価値の両立や、虎ノ門の地だからこそやるべきことが明確だったので、楽しい航海を一緒にさせていただきました。
熊田さん:
私たちの「こうしたい」「こうなるといい」という想いを、VISIONGRAPHさんが人に伝わる表現にまとめてくださったことが、ありがたかったです。私たちのような事業者は一生懸命になるほど視野が狭くなりがちなので、それを俯瞰した上で「熊田さんたちがやりたいことは、こういうことですよね?」と整理していただきました。
新しい街にできる施設なので、このプロジェクトには関係者がたくさんいます。それぞれの立場でプロジェクトを検証すると、できないことも様々あり、先週決めたことが今週には変えざるを得ないようなこともありました。その中で、私たちチームがやりたいことを実現するために、関係者と調整するときの伝え方や表現の面でもフォローしてくださいました。
坂本:
「さまざまな人が集まり、社会問題を解決する共創施設」と聞いたときに、VISIONGRAPHが日本事務局をしている「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」を思い出しました。このイベントは、次の社会のために何ができるのかをさまざまな人がアイデアを持ち寄ります。参加者にはミュージシャンもいれば、AI研究者、社会活動家、最近までホームレスをしていた人もいます。
SXSWは2週間のイベントですが、Glass Rockでは次の社会をより良くする取り組みをずっと続けていくことができます。時間はかかると思いますが、そういった場として根付いてほしいと願っています。
また、個人的には自分が働く意味を実感できるプロジェクトでもあります。私の実家は自営業だったこともあり、企業が商売を成り立たせることと社会への貢献をどう両立するかに興味をもっていました。だからこそ、経済価値と社会価値を両立することを目指すGlass Rockに携われたことがうれしいです。

想像以上の熱量が集まり、対話が活発に行われている
――Glass Rockでは、どのようなプログラムを実施していますか。
清水さん:
「社会課題解決に向けたセクターを超えたコラボレーション」を、現実のアクションへとつなげるための探索と対話、そして行動の起点となる「TOP(Take Off Program)」というプログラムを実施しています。社会価値と経済価値の融合を扱うさまざまな講師を招き、CSRやCSVのさまざまな知識をインプットして深く質疑応答ができるようなプログラムです。
参加者の中には、すでに取り組まれていることをどう社会価値として可視化できるかを模索して悩んでいる方も多くいらっしゃいます。そういった方々の期待に応えられるカリキュラムの企画や、共創先とのつながりをつくるなど、より深い内容を提供していければと思っています。そのほかに、コンテンツパートナーとしてVISIONGRAPHさんにも多くのプログラムに関わっていただいているんですよね。
坂本:
VISIONGRAPHが関わっているプログラムは大きく二つあります。一つがヒトカラメディアさんと共同開発した「未来妄想会議」、もう一つが「X RoadMaps(エクス・ロードマップス)」です。
未来妄想会議は、Glass Rockの全会員を対象にしていて、「2040年に自分軸でどんな生き方をしていたいか」というテーマで進めています。社会課題解決のために自分に何ができるのかを知るためには、まずは自身が未来どんな生き方をしていきたいか、どんな未来を作っていきたいのかを考えていくことが重要だから企画したものです。9月以降はさらに進化させて作りたい未来に対する志が似ている方々を集めて、未来を共創していくプログラムも展開しています。
X RoadMapsは、法人パートナーを対象に、1社だけでは描けない未来の思索をバックキャスティングで検討し、実現したい未来に向けて社会価値、事業価値の両立を目指し、実践の一歩を生み出すプログラムです。2040年の未来に向けてモヤモヤしていることを出し合い、理想的な未来のために必要なこと、企業ができることを検討しています。11月以降はワークショップを実施する予定で、ワークショップを経て参加者の皆さんが会社に持ち帰ります。このプログラムから企業同士、またはほかのセクターの方との共創の動きが生まれればと考えています。
いずれも定期的に実施して驚いたのは、想定以上に率直な意見を出していただくことが多いことです。緊張感があって、建前のような意見が出てくるかもしれないと思っていたのでうれしい誤算でした。法人会員の方が会社の一員としてだけでなく、個人的な意見を話していただくことも多くて、新たな発見があります。

熊田さん:
ファシリテーションをする坂本さん自身が率直に話している効果が大きいですよね。司会進行役を演じるのではなく、素の坂本さんが出ているから、参加者のみなさんも自然と自分を出しやすいのだと思います。
――Glass Rockを開業して5カ月がたった現在の状況や所感を教えてください。
清水さん:
当初の狙い通り、アーリーアダプターの方がたくさん集まってくださっています。皆さんそれぞれに打ち上げたいロケットがたくさんある状態なので、それを支援したい人たちが増えてきたら、どんな変化が起きるのか楽しみです。
熊田さん:
NPOが参画している施設はめずらしく、それがGlass Rockの特徴だとよく言われます。NPOは社会課題の解決に最前線で取り組んでいる方々です。大企業の方たちが社会課題解決ビジネスを企画するときに、課題の解像度が高いNPOの方々の声を聞きたいという要望もあり、ご紹介することも多いです。
他には、16~24歳までの学生会員も80名以上いらっしゃって、100名まで増えていきそうです。学生さんは社会課題に興味のある方や、すでに起業をしているインパクトスタートアップの方、地域創生の活動や、人間工学の研究をしている方など多岐にわたっています。
坂本:
Glass Rockはさまざまな意見を自由に言うことができ、対話できる場だと感じています。最近は、企業が行う活動に対してCSRウォッシュ(※)のように、企業のCSR活動を揶揄する意見が出てきたり、政治でも二項対立が起きていたりと、さまざまな意見が対立する場面が増えています。
こんなときだからこそ異なる意見を言い合える「対話」が重要ですが、違う意見を議論できる場は意外に少なく、それがGlass Rockの価値だとも感じています。
※CSRウォッシュ…実態が伴わないにもかかわらず、企業の社会的責任(CSR)を果たしているように見せかける、うわべだけの活動のこと。

――今後の展望について教えてください。
清水さん:
法人会員は当初想定していたCSRやサステナビリティ部門の担当者は少なく、それよりは中長期的に新規事業の種を探している方が多くいらっしゃいます。社会課題は裏を返すと、ビジネスチャンスでもある。しかも日本は課題先進国といわれている中、それが世界中に広がっている課題であれば世界中にビジネスのチャンスが生まれるわけです。そういった前提で、私たちが何を提供できるのかを日々考えていきたいと思います。
熊田さん:
虎ノ門ヒルズ内には異なるセクターが集うインキュベーション施設として、大企業の新規事業創出部門が集まる「ARCH Toranomon Hills(アーチ)」や「CIC Tokyo」があります。また、麻布台ヒルズにはベンチャーキャピタリストが集まる「Tokyo Venture Capital Hub」もあります。こうした横の連携を今後は強めていき、会員の皆さんに付加価値として提供していきたいです。

Glass Rockが挑んでいるのは、社会課題を“語る”だけでなく、“動かし、創造する”ための文化づくりです。次の時代に向けた文化を共につくり、そこから新たな価値の芽を育てていきたいと思います。
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執筆:久保佳那
編集:井上薫


