「ふつう」だと思っていたものに、ふとした違和感をおぼえるときがある。その感覚を見過ごさず、変化していく未来を考えていきたい。そんな思いから、パナソニックのデザイナー二人が立ち上げたのが「ふつう研究室」だ。
ふつう研究室はデザイン組織の中にある研究チームであり、所属メンバーは本業を別にもっている小規模なチームだ。しかし、2025年には全国のショウルームのユニフォームをリニューアルするプロジェクトも実現するなど、確実にパナソニック社内でも存在感を発揮している。ふつう研究室の白鳥さん、東江さんに、VISIONGRAPHの曽我がこれまでの活動内容や展望について聞く。
写真右:東江 麻祐さん(UI/UXデザイナー)
写真左:白鳥 真衣子さん(デザイン ストラテジスト)
パナソニックのデザインチームの皆さんとは「くらしの未来」について多くの対話を重ねてきました。中でも「ふつう」という日常的な価値観の揺らぎについて真摯に向き合っているのが、ふつう研究室のお二人。答えのない領域を探究するモチベーションの源泉や、その違和感を組織にインストールしている柔軟な活動の裏側に興味があり、取材させていただきました。
「性」の話題はそんな違和感から始まった
―――「ふつう研究室」が始まったきっかけから教えてください。
東江さん:
パナソニックのデザイン部門にある、デザインR&Dに特化して活動するデザインスタジオ「FUTURE LIFE FACTORY」があります。世の中でギャップを感じていること、新たな流れをキャッチしてパナソニックの中に取り入れていくための組織です。
そこで白鳥さんと身の回りの違和感を話す中で、「性については身近な友人や同級生とは話すのに、パナソニックにはないよね」という会話が出てきました。
白鳥さん:
自分を幸せにするものが様々ある中で、そのひとつに「性」というテーマが出てきました。でも、当時はパナソニックで「性」を取り扱うと言うと、社内でざわめきが起きるくらいの感じでした。
しかし、フェムテックの流れもあり、何かやってみようと「YOUR NORMAL」プロジェクトを始めました。「YOUR NORMAL=あなたのふつう」を考えようという文脈です。
人生の土台や選択肢に影響する「ジェンダー」という意味合いでの性、「セクシュアリティ」としての性を、ドラマチックなものではなく日常の中で取り扱っていく取り組みでした。
――この分野で、パナソニックはリーディングカンパニーになっているイメージがあります。プライドパレード※にも協賛されています。それでも、社内でざわめきが起きる感じもあったんですね。
※プライドパレード…セクシュアル・マイノリティの権利と尊厳を求め、社会全体で多様性を祝福するために行われるパレード
白鳥さん:
人事の取り組みとして2016年に同性パートナーシップ制度がはじまり、同性カップルを「結婚に相当する関係」として認めて、福利厚生の対象にしました。こうした社員の暮らしや家庭という視点では、パナソニックはもともとサポーティブな活動を行っていました。
私たちのアプローチはデザインや商品の領域での性だったので、また違った印象があったのだと思います。
東江さん:
はじまりは「性」という切り口でしたが、今思うとYOUR NORMALというプロジェクトのネーミングがよかったですね。“あなたのふつう”の中には性も含まれますし、未来を考える上で「ふつうとはなにか?」という問いはとても必要なことだからです。
FUTURE LIFE FACTORYの取り組みは期間が2年と決まっていて、人が入れ替わっていきます。しかし、白鳥さんと「始めたからには続けていきたいよね」と話して、「ふつう研究室(以下、ふつう研)」を立ち上げました。

――ふつう研は、デザイン部門のラボのような形態でしょうか?
白鳥さん:
そうですね。現在はトランスフォーメーションデザインセンターという組織に所属しています。研究活動や社内に向けたデザインサポートをしている部門です。どの部門の所属がいいのかを模索して、広報や人事部門とも話したことがあります。私たち二人は本業の仕事は別にあり、20%の社内副業という形でふつう研の活動をしています。
東江さん:
パナソニックでは社内副業ができる制度があり、それを活用しています。
みんなが持っていた「ふつう」を実装したユニフォームリニューアルプロジェクト
――ふつう研では、どのような活動をしていますか?事例についても教えてください。
東江さん:
活動の主軸は3つあります。研究と実装、発信活動です。通常はDEIデザイン課と連携し、研究を進めています。また、社内外に向けた発信活動も行っています。
実装に関しては、ジェンダーはもちろん、「多様性に関連してやりたいことがあるけれども、どこから手を付けたらいいか迷っているチーム」と協力して進めています。
白鳥さん:
発信活動については社会課題に取り組んでいる社外の人と成功の裏側や苦労などのぶっちゃけ話を共有できる場として「ソーシャルビジネスラボ」という活動をしていた時期もあります。外部の人との繋がりや気づきを、社内の部署につなげる動きもしていて、社外とのハブの役割もしていました。
――取り組まれたことで、社内の実装に至った事例はありますか?
白鳥さん:
最近取り組んだのは、パナソニック ショウルームのユニフォームのリニューアルです。ショウルームのアドバイザーやコンシェルジュのユニフォームを刷新するプロジェクトを推進しました。
リニューアル前のユニフォームはコンサバティブでクールなデザインのものでした。ただ、地域による気候差があったり、業務内容も多岐にわたり、長く働く人が増えて年齢層も広がる中、それぞれの人にとって、動きやすくて快適なユニフォームにしたいという要望がありました。
さらに、個性や価値観を大事にするお客様が増えていく中で、働く側も多様であることを伝えたいという背景もありました。
東江さん:
全国からショウルームの代表者が集まる機会をつくり、それぞれの方の「ふつう」をディスカッションしました。「動きやすい恰好がいい」「けっこう身体を動かす作業があるのに、身体のラインが出るのが気になる」などの意見が出てきました。
白鳥さん:
インクルーシブデザインの考え方を取り入れ、働く当事者と一緒にユニフォームをつくり上げました。ショウルームで働く方は女性が多かったのですが、男性のアドバイザーも増えている背景から、男性用のユニフォームも整備しました。
今だけでなく、今後どんな組織であるべきか、どんな価値をお客様に届けたいかを意識してもらいながら、ディスカッションを進めていきました。すると、「親しみやすさはありながらも上品な雰囲気もほしい」「信頼感はありながらもファミリーのような距離感を作りたい」などの意見をいただきました。
一見相反する意見のようにも思えますが、目指したい世界は「頼りがいがあるけど近い存在でいたい」ということか、と思考を深めながらコンセプトを設計していきました。それらのコンセプトをもとに、メーカーにデザインを依頼し、2025年の4月25日から全国のショウルームのユニフォームが刷新されました。

――ユニフォームはどのように変わったのでしょうか?
白鳥さん:
以前はシャープで身体にフィットするユニフォームでしたが、動きやすさを大事にして身体のシルエットを拾いにくいデザインでありながら、エレガントな雰囲気に仕上げました。
選べるスタイルも増えました。以前はワンピースにジャケットを羽織るスタイルでしたが、パンツ、ベストなどが増え、インナーを変更して個性の演出もしやすくなりました。
また、男性向けのユニフォームはもともとネクタイなど小物が準備されていましたが、今回のリニューアルで、女性のユニフォームと同じ揃いのデザインのジャケットとパンツを作りました。
それぞれの中にあった「ふつう」をテーブルに並べて、目指すのはこういう道だよねと決められたプロジェクトだったと思います。

――実装の源泉は研究ですよね。これまでの研究がユニフォームプロジェクトで役立った場面はありましたか?
白鳥さん:
性別表現の観点から、自分らしい服装や振る舞いの多様性についての研究が、今回のプロジェクトにおいても役立ったと感じています。
社会や企業の中で共有されている固定観念に自分を合わせるのではなく、自分らしさを大切にし、変化に応じて自己表現する——そんな価値観がいま、世界的なトレンドになっています。ユニフォーム業界でもこのトレンドはスタンダードになってきており、多くの業界で働きやすく、自分らしいスタイルを打ち出しています。
また、リクルートの観点からも、世代による価値観の違いをリサーチし、それらの知見を今回のユニフォームプロジェクトに反映させました。
東江さん:
他には、パナソニックの企業理念を分析したうえで、「私たちはどうなりたいか」を考えました。実装する際は研究内容を活用することもありますが、実装に必要となる事例を追加でリサーチすることが多いですね。
――今回のユニフォームプロジェクトはどんな経緯で始まったのでしょうか?
東江さん:
パナソニックグループにはデザイン部門がない事業会社もあります。そうした事業会社から「デザインの支援をしてほしい」という依頼が、トランスフォーメーションデザインセンターに来て、担当できる人を探す流れになっています。
白鳥さん:
今回は、社内の知人から「ショウルームを運営している部署が、ユニフォームへの取り組みをしたいと考えている」という話を聞きました。YOUR NORMALプロジェクトのときに絵本を作ったことがあり、ふつう研ならファッションのこともできるんじゃないかと声をかけてもらいました。
――「ふつう研」は、社内でどのくらい認知されていますか?
白鳥さん:
社内のデザイン部門では知名度95%くらいだと思いますが、会社が大きいので知らない人はまったく存在を知りません。「Tokyo Pride」のブースの展示や企画をしたことがあるので、人事部門など、ダイバーシティを推進する部署にも知られています。
東江さん:
社会課題を意識高く勉強してきた若い世代にも、ふつう研究室について知ってほしいと思っています。そういった方と出会ったときには勧誘しています。
兆しを拾い、未来につなぐ。ふつう研×VISIONGRAPHの実験室
――2025年3月に私たちVISIONGRAPHにリサーチを依頼していただきました。テーマは「ニューロダイバーシティ※」「ジェンダードイノベーション※」「インターセクショナルイノベーション※」でした。こうしたテーマはどのように決めていますか?
※ニューロダイバーシティ…個人の脳神経の特性を多様性としてとらえ、社会の中で活きるよう仕組みをつくっていこうという概念
※インターセクショナリティ…交差する差別のこと。例えば、女性でありヒスパニック、ゲイであり黒人、トランスジェンダーでありヒスパニックなど
※マイクロアグレッション…無意識の偏見や思い込みが言葉や態度に現れて、否定的なメッセージとして伝わり、意図せずに誰かを傷つけてしまうこと
東江さん:
社内の人が未だインプットしきれていない情報を深めて伝えていきたいと考えて、それにふさわしいテーマを設定しています。
白鳥さん:
ニューロダイバーシティは、多様な人が働きやすくなるための、新たな選択肢が出てくるのではないかと考えてテーマに設定しました。
例えば、コロナ禍を経て働き方は変化しました。オンライン会議が増えて、その発言内容が自動で文字に変換されるツールが一般的になりましたよね。こうした音声情報を議事録にしてくれる機能は、もともとは聴覚障害のある方が使っていたものです。
ニューロダイバーシティの方たちが感じている働きにくさを改善するためのテクノロジーや仕組みは、まわりまわって私たちの働きやすさにもつながるという気づきがありました。
東江さん:
研究を深めながら、リサーチのアウトプットとして共有いただいたMiroにメモを追加しています。最近、私たちの中では「インターセクショナリティ」のテーマの存在感が大きいですよね。

――インターセクショナリティのリサーチの際は、セクションが多層になっていて、どこにもあてはめられないという話がありました。ミートアップに行く際もどこに行ったらいいかわからない。行った先でマイクロアグレッションを受けたりすることもある。
研究の深め方が難しいテーマだと感じました。どんな風にアプローチされていますか?
白鳥さん:
なかなか深めきれていないのですが、気をつけていることは私たちが出すインプットがすべてではなく、最新情報というわけでもないと理解してもらうことです。
テーマとしていることは変容していくトピックスが多く、学術的に研究されていないことも多いです。私たちがしているのは種を植える作業で、そこからはどんどん芽吹いて広がっていってほしいです。モヤモヤや違和感こそが、次の芽吹きの種になると考えています。
東江さん:
最終的に目指しているのは、社内のそれぞれの部門が自走化し、社会へ選択肢を生み出せることです。きっかけを与えるナレッジを体系化して共有して、それを受け取った人が当事者性のある人と対話をして動いてほしいと思います。そうなっていくと、私たちの発信がなくても次の未来を知ることができるようになります。
――リサーチの中で、さまざまな事例を一緒に見ていきましたが、その後分析されてみてどうでしたか?
白鳥さん:
まだ分析しきれていないのですが、印象に残っているのは視線の動きの解析を利用して自閉症の診断をする技術研究です。フィジカルで起きている肉眼で見たらわからない動きをテックで解析して、特性や判断をすることに興味をもちました。そして、自閉症の方たちは視線のゆれがあるから集中しきれなかったり、考えが飛びやすかったりすることも理解できました。
いただいたリサーチ結果を周囲の人に伝えるためにどんなアプローチがあるのか考えながら、まとめ作業をしています。
東江さん:
レポートのまとめ方として、個人と社会に分かれていて、本人に対するサポート、周囲・組織へのよい効果の波及といった視点で分類していただいていたことがわかりやすかったです。

デザインだからこそできる、“モヤモヤ”の可視化
――お二人は社内副業として、ふつう研の活動をされています。本業もある中で、ふつう研の活動を続けているモチベーションについて教えてください。
東江さん:
本業はデザイナーとして、ゴリゴリのモノづくりをしています。本業では今できる最善はここまでと判断する場面が多く、未来を考える機会が少ないです。それはモノづくりの最適化ではありますが、個人としては疑問がわくこともあります。
私の特性として、一つのことにフォーカスするのが苦手なので、ふつう研で未来のことを考え続けていることで、本業とのバランスを取っています。
未来を考えていると、モノづくりにも真摯に向き合えますし、モノづくりの現場に主軸をおくからこそ未来を考えられていると思います。
白鳥さん:
現在は本業でトランスフォーメーションデザインセンターのDEIデザイン課に所属しており、東江と少し立場が異なります。以前は、照明器具のプロダクトデザインをしていました。
ずっと照明器具に携わっていると、理解が深まって自分のできる範囲も見えてきます。すると、「これから私が提案できるものはなんだろう?」と自問自答することが増えていくんですよね。
当時は、実直な商品開発とふつう研の未来視点、それぞれの思考モードを切り替えることで、双方の仕事をドライブさせることができました。今では、研究で得た知見がそのまま本業の提案活動にも通じるようになりました。
まだ標準化や可視化されていない価値観に気づき、それをチームへ共有し、選択肢を提案できる。そんなふうに“未来を実装している”実感が、日々のモチベーションになっています。
――お二人ともデザイナーですが、そのことが活動に生きていると思うことはありますか?
東江さん:
デザイナーの強みは、イメージを形にできることにあります。ただ議論するだけでは深まらないことも、形にすることで議論が前に進むことがあります。
そして、論理を積み上げていくのではなく、直感的に飛ばした発想ができることもデザイナーならではの力です。その直感をもとに、なんとなく形にしていくと「実は直感の背景に論理があった」と気づくことも少なくありません。直感と論理を行き来しながら、思考の輪郭を素早くつかむ——その柔軟さとスピード感も、デザイナーの大きな強みだと思います。
白鳥さん:
言語化できないモヤモヤを見つけ、それを具体化したり可視化できること。それが、デザイナーが「ふつう」について考える際の強みだと思います。
また、トランスフォーメーションデザインセンターは社内のさまざまな組織と連携しています。
何かのプロダクトに特化していないからこそ、社内のサービスや仕組みの困りごとに関わっていけます。
――今後の展望について教えてください。
東江さん:
先が見えない世界ですが、未来を考え続けることが大事だと思っています。ふつう研を今後も続けていきたいと考えていて、10年戦略を練っています。
チームメンバーは必ずしも私たち二人である必要はないと思っていて、メンバーの新陳代謝も必要です。プロジェクト単位では会社外の人や新たに入ってきた人と一緒に、新たな視点や考え方を取り入れながら活動を続けていければと思います。
白鳥さん:
活動を継続していき、違和感や可視化できていないものを具現化できるチームであることをしっかりと伝えていきたいです。目指したいのは、社内外から「兆しといったら、ふつう研究室だよね」といわれるようなポジションになること。
社内外のさまざまな頭脳を引き入れて、みんなで違和感を覚えるものを見つけて深め、常にフットワーク軽く取り組み、社内外に働きかけていける存在を目指します。

日常の違和感を探究し、まだ見えていない「新たな選択肢」を組織や社会に投げかけていく。これは未来予報のミッションとも同じなので、お二人の話しにずっと共感していました。同時にユニフォームのデザインなど具体で役立つ形で実践する姿勢も非常に重要なのだと思いました。リサーチで一緒に探究したテーマから生まれる実践もとても楽しみです!
聞き手:曽我浩太郎
執筆:久保佳那
編集:井上薫
写真:Reo Fujita
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