土に億をかけた情熱。“死の土”を克服した町の記憶を伝える「土の館」

広大な大地が広がる北海道。その中央部に位置する上富良野町には、世にも珍しい“土”をテーマにした博物館土の館があります。

当館は土壌標本や道内で活躍したトラクタなどの珍しい資料を展示。そして当館を生み出したのは、農耕機具メーカーであるスガノ農機。畑を耕す「プラウ」を作り続けてきた企業です。

創業者の想いと共に歩んだスガノ農機の歴史

スガノ農機が歩んできた波乱の物語が詰まった第一展示館

スガノ農機の創業は大正6年。菅野 豊治(すがの とよじ)氏がこの地で鍛冶屋としてプラウを作り始めたのが始まりでした。戦時中には満州開拓に必要な農具を製作し、終戦後には裸一貫で日本に戻ってきたものの、地元住民の寄付によって2か月後には事業を再開。

戦後の食糧難を支えるため、馬耕からトラクタ耕へと変わる時代の流れのなか、スガノ農機は一貫して「耕す道具」を作り続けてきました。

スガノ農機が製造しているプラウとは、トラクタの後ろに備え付けられ土を耕す耕起する農具を指す

プラウ製造を続けるなか、三代目社長となり土づくりの重要性を強く訴えていた菅野祥孝氏の想いが結実し、1992年に「土の館」が誕生。小さな農機具メーカーとしては異例ともいえる“億単位”の費用をかけてつくられたのは、「土づくりの大切さを多くの人に伝えたい」という熱い想いがあったからこそでした。

マニアックながらも熱量が伝わる展示

プラウの製造には熱処理の技術が要となっている

館内に入ると、1階にはスガノ農機の創業期からの苦労が伺える展示に加え、プラウ製造に必要な鉄の熱処理工程の様子が再現されています。赤く焼けた鉄を鍛え、土の耕作に適した素材に仕上げる工程は、農業の根幹を支える技術そのもの。訪れた人は「土を耕す道具が、どれほどの精度と情熱で作られてきたか」を直に感じ取ることができます。

3年の構想を経て完成した巨大壁画

階段を上ると、木彫りの壁画が迎えてくれます。太陽が大地を照らす昼の姿と月あかりが灯る夜の姿に木の根が入り込む姿から、多様な生命が土に育まれていく様子が描かれており、自然の循環・命のめぐりを力強く表現。木の素材感を感じられる、実にダイナミックな作品です。

かつて世界中で使われていた農耕具が勢揃い

2階フロアには、耕す道具の変遷とともに、日本の各地で採取された土壌標本が並びます。道具の変遷では、かつてはクワやスキを用いて手作業で耕していた時代を経て、馬を用いて土を耕す馬耕へと移り変わった歴史を垣間見ることができます。

全国の農地から採取された様々な土層サンプルが並ぶ、マニアックな展示

また、理路整然と並ぶ土層サンプルの展示も興味深いです。日本各地の農場から採取されており、各サンプルによって土の粒子や色などは様々。それぞれの説明書きには、採取日や農場の経営規模、そしてそこでの土づくりのポイントなど情報は豊富。なかには、当時の月給が記載されていたりと思いもよらぬ情報も記載されている所に驚かされます。

畑以外にも、豚舎の堆積土などバリエーションも豊富であり、展示を見ていくうちに「土って面白い」と自然に思わされる、マニアックでありながらも他ではなかなか見られない貴重な展示となっています。

死の土」を克服した先人たちの想い

こうした言葉から、土に対する興味・関心が湧いてくる

先ほども述べた通り、当館は三代目社長の土づくりに対する強い想いから誕生しています。その想いは、展示のみならず、説明書きや来館者に投げかける一つひとつの言葉を通して伝わってきます。

明治30年から30年をかけて交錯した作土(3番)の上に、大正15年の泥流(2番)が覆いかぶさった様子がわかる

そして当館を訪れた際、階段の踊り場には高さ4.5メートルにもおよぶ土層の展示を見過ごせません。こちらは、上富良野の地面に眠っている実際の土層を切り取ったもの

上富良野の町は、明治30年の開拓によって作土されたものの、その後の大正時代の十勝岳大噴火により、白い火山灰で覆われてしまった過去がありました。火山灰は“死の土”とも呼ばれ、植物が根を張れず、農業にとって大きな障害となりましたが、それを人々は何十年もかけて改良し、再び作物が育つ畑へと再生させてきました。

そうした苦労の末に今の上富良野の町があることを後世に伝える、大変貴重な資料となっているのです。

一階ロビーには、階段のよりもさらに深くから採取した8000~700年前の原始の土層も展示されている

農業はどのような土壌であったとしても、どのように耕すかが大事。それは土の話であると同時に、人生そのものを語っているようにも聞こえます。

美しい緑が広がる上富良野町の風景。今も1メートル下には、火山灰を含む泥流が眠っているという

道内で活躍した数々のトラクタ

建物いっぱいにトラクタが並ぶ壮大な光景が広がる

本館のみならず、屋外には、トラクタ伝承館と命名された二つの建物が見られます。ここには、国内外で製造され、実際に道内で活躍した93機ものトラクタたちが整然と並んでおり、その光景は実に壮大。

これらのトラクタは、道内の農家から寄贈されたもの。馬耕からトラクタへと移り変わった当初に稼働していた、農家の方々が大切にしていた資料ではあるものの、「スガノ農機であれば大切に保管してくれるだろう」と、あっという間に集まったそうです。

一つだけずば抜けてサイズがデカい110年前の蒸気トラクタ

戦後の食糧難の時代、このようなトラクタが稼働していたことでその時代を乗り越え今があると考えると、様々な感情が湧いてきます。

土の未来を考えるための場所へ

土の館創設に関わった秋吉専務が残した石碑

土の館は一般の見学者だけでなく、全国各地の農家が訪れる学びの場としても機能しています。スガノ農機は昭和53年から「土づくり研修会」を開催しており、畑作・水田・酪農・施設園芸など、多様な生産者が集い、土の知識を共有しているのです。

人類の誰もが土から育った食物を食べてはいるものの、現代の忙しい日々を送る生活のなかでは、土の大切さを実感することは滅多にないかもしれません。

しかし、世界の情勢を見てみると、世界の人口増加による食糧問題、農地の土壌劣化、気候変動など、これからの未来を生きる上で避けては通れない問題は山積みの状態。それゆえに、土について学べたり興味・関心が持てる土の館の存在意義はとても大きいでしょう。

館内の展示を見て「もっと知りたい」と思ったら、ぜひスタッフに質問してみてください。世代を超えて土と向き合ってきた人たちの話から、展示以上の学びが得られるはずです。

博物館に行ってみよう!

土の博物館「土の館」
住所:北海道空知郡上富良野町西2線北25号
営業時間:午前9時~午後4時
休館日:開館日カレンダーをご覧ください。
入館料:無料
公式HP:http://www.tsuchinoyakata.jp/

丹治 俊樹

丹治 俊樹

博物館ライター

博物館マニアであり、「知の冒険」主宰者。本業であるフリーエンジニアのかたわら、博物館ライターとして、珍スポ/遊郭跡/博物館/昭和レトロなど2000スポット以上を取材。テレビ、ラジオ、雑誌などのメディアに出演するほか、書籍の出版、講演会の開催なども行う。二郎全店制覇。著書に『世にも奇妙な博物館 〜未知と出会う55スポット』などがある。 ブログ「知の冒険」:https://chinobouken.com/

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