自動車業界が100年に一度の変革期を迎える中、自動車部品メーカーの老舗・株式会社アイシン(以下、アイシン)も新たな価値の創出を迫られている。既存製品の延長線上で考える「フォアキャスティング」からの脱却を目指し、あるべき未来から逆算する「バックキャスティング」に挑んだボデーシステム開発部の菅さんと吉松さん。
しかし、精緻なモノづくりと確実性を重んじてきた組織において、不確実な「未来」を理解してもらうことは容易ではない。いかに未来構想を実装のフェーズへと進めてきたのか。その紆余曲折のプロセスと今後の展望を、未来予報代表・曽我が聞いた。
写真左:株式会社アイシン ボデーシステム開発部(商品企画チーム) 菅 隆浩 さん
写真中:株式会社アイシン ボデーシステム開発部(商品企画チーム) 吉松 佳威 さん
写真右:未来予報株式会社 共同代表 曽我 浩太郎
オンラインとオフラインを組み合わせながら、ディスカッションやワークショップをご一緒してきたアイシンの皆さん。チーム一丸となって楽しみながら、時には産みの苦しさを抱えながらも、新しい取り組みを進める姿勢がとても印象的でした。濃密な時間を過ごした後日談も含めて、深堀りさせていただきます。
既存の延長線を超えて。なぜ、今「未来思考」が必要だったのか
――アイシンさんとは2024年から2025年にかけて、バックキャスティングで未来を考えるワークショップを一緒にやらせていただきましたが、その後、社内での取り組みが非常に面白い進化を遂げているとお聞きしました。まず、なぜ「未来思考」が必要だったのでしょうか?
吉松さん:
私たちの部署は、自動車向けのドアやルーフ、BEV骨格といった車体部品の先行開発や企画を担っています。通常、自動車の開発スパンは2年から5年、長ければそれ以上になります。常に先を見ているつもりではあったのですが、これまでの「フォアキャスティング(現状からの積み上げ)」による企画には限界を感じていました。
先行開発の現場では、常に最新技術のリサーチや展示会での情報収集を行っています。しかし、どうしても「今ある技術」や「既存の自社製品」が起点になってしまう。すると、企画の内容も「今の機能を少し良くする」といった、既存の延長線上にあるものばかりになってしまうんです。
菅さん:
「未来の社会や生活がどうなっていくのか」というイメージが、自分たちのこれまでの経験や、想像できる範囲内でしか描けていないという行き詰まり感がありました。今はVUCAと呼ばれる予測困難な時代です。だからこそ、誰かが提示した未来を待つのではなく、自分たちで「拠り所となる未来」を定義していく必要があると考えました。
そこで、未来から逆算するバックキャスティングの手法を本格的に取り入れるべく、未来予報さんに相談させていただいたんです。商品企画メンバーだけでなく、各製品開発のリーダー層も加わった約15名で、3日間にわたる「未来構想体験ワークショップ」を実施しました。
2040年の「未来人」を定義する。解像度を上げるための対話と共感
――ワークショップでは、2030年から2040年という比較的長いスパンの未来を考えましたよね。実際にバックキャスティングをやってみて、難しさはありましたか?
吉松さん:
正直、最初は難しかったです。今の自分たちは「現代」を生きているので、どうしても思考が今に引っ張られます。未来の生活シーンに入り込み、そこで暮らす人が何を求めているのかという「解像度」を上げる作業には非常に苦労しました。
菅さん:
そこで役立ったのが、ワークショップで作った「未来人(ペルソナ)」という存在でした。例えば、私たちグループが考えたペルソナは、新しい環境で挑戦し続け、何度も生まれ変わるように体験を重ねる「フェニックス型人間」。こうした具体的な人物像を立てて、その人の気持ちにまで踏み込むことで、ようやく「この未来、ありそうだな」と思えるようになりました。
――車体という枠を超えて、社会の変容や人々の暮らしにまで視野を広げて議論されていた印象でした。
菅さん:
「車体という枠から発想が広がらない」という行き詰まり感があり、もっと社会や人に目を向けたいという前提があり、ワークショップに参加しました。そのため、モビリティや車だけにこだわらず、まず社会を見ようという共通認識を参加者が持っていたからだと思います。
「その未来は正しいのか?」突きつけられた確実性と投資判断の壁
――ワークショップで非常に面白い未来像が描けましたが、社内に持ち帰った時の反応はいかがでしたか?
菅さん:
……最初は、全く受け入れられませんでした(笑)。上層部に説明した際、真っ先に突きつけられたのは「この未来は合っているのか?」「もし間違っていたら投資が無駄になるのではないか?」という問いでした。確実性を重んじる組織にとって、不確実な未来は「リスク」でしかない。投資判断を下すための「正解」を求められる壁にぶつかってしまったんです。

――それは、伝統的な製造業ならではの反応かもしれませんね。
吉松さん:
そうなんです。また、「他人が作った未来像」にはなかなか共感しづらいという根本的な問題もありました。私たちがワークショップで感じた熱量や納得感は、その場にいない人には伝わりにくい。未来の確からしさをどう証明し、どう社内に浸透させるか。ロジックだけで説得しようとしても、相手の心が動かなければ、組織は一歩も前に進まないんだと痛感しました。
――そこからどのように進めていったのでしょうか。
菅さん:
作成したペルソナを全員が理解し共感できるものにするため、企画メンバーで合宿を行って、徹底的に議論しました。
合宿の際は、未来予報のカードゲーム「未来のコンパス」を活用しました。カードに描かれている未来に向けた価値観をお題にして、「この価値観はあるべき」「これは違うと思う」などと議論しながらペルソナを作り上げます。それによって企画メンバーのペルソナに対する理解が深まり、上層部にも説明しやすくなりました。

それと並行して、バックボーンとなる「社会像」を固めるために、全員でデスクリサーチを行いました。バックキャスティングで描いた未来に対し、社会が実際にそちらに向かっているというファクトや根拠をみんなで出し合ったんです。確実なものを根拠にすべきだと考えたため、定量的なデータを中心に探しました。
「単なる妄想」を「確からしいシナリオ」へと昇華させる作業です。定量的なデータを根拠に据えることで、上層部とも同じ土俵で話ができるようになりました。しかし、ロジックだけではまだ「共感」には至りません。そこで、アウトプットの仕方をガラリと変えることにしたんです。
ギャップを可視化し、感性に訴える。未来を「自分事」にする表現の探求
――その「共感の壁」を突破するために、どのようなアクションを取られたのでしょうか?
菅さん:
まずは、現在と未来のギャップを埋めるためのジャーニーマップを作成しました。現在の生活シーンを基軸にして、そこに「未来の社会像」や「未来人」のエッセンスを当てはめると、どのように変化するかを検討したんです。
いきなり未来のシーンだけを描くと、飛躍しすぎて現実味がなくなってしまいます。現在の延長線上にある予測(フォアキャスティング)と、ワークショップで描いた未来(バックキャスティング)のギャップを可視化し、そこを埋めることで確からしい未来を描こうと考えました。そのギャップや気づきを元にしてユーザー起点でアイデアを出していきました。
吉松さん:
未来の生活シーンやプロダクトをビジュアル化した1枚絵や動画も作成しました。その中でも社内で一番受けがよかったのは小説です。
――製造業の企画書として「小説」というのは非常にユニークです。
菅さん:
はい。未来の断片を、プロのショートショート作家である田丸雅智さんの力を借りて、小説に落とし込みました。公に見せることはできないのですが、例えば「アトリエカー」というタイトルの小説など、合計9本を作成しました。
吉松さん:
小説を読んだメンバーからは、「商品を使っている前後の文脈が鮮明に浮かぶ」という声が上がりました。単なる機能の説明ではなく、「この技術があれば、この物語の主人公のような生活が実現できるんだ」というシーンの理解が進んだんです。
もちろん、感性は人それぞれですから、小説だけでなく、デザイン画や動画など、複数の方法で表現して、どこか一箇所でも刺さるポイントを作っておくことが重要だと思いました。

経営戦略の「実行手段」へ。中期経営計画と未来構想の紐付け
――実質半年ほどかけて制作されたとのことですが、特に難しかった調整はどこでしたか?
菅さん:
特に難しかったのは、未来像と会社の方針との整合性をどのように取るかです。会社の中期経営計画に暮らしのシーンまでは描かれておらず、逆に私たちが描いた未来像には実現方法がありません。このお互いの足りていない部分を補完し合う形にしたいと考えました。
会社の方針や強みを動かせない「ピン」として設定し、左側に「組織・社内」、右側に「社会・ユーザー像」を置き、その間を提供する価値で紐づけるようにロジックを構築していきました。
――現在はどのようなフェーズなのでしょうか?
菅さん:
今後は、今回作成した小説や動画といったツールを最大限に活用し、具体的な製品開発へと落とし込んでいく段階に入ります。これらは単なる成果物ではなく、開発メンバーが求める商品やサービスを特定し、共同で議論を深めるための「対話のツール」です。これを通じて、最終的には確かな商品化を目指していきます。
――最後に今後の展望を教えてください。
菅さん:
社内だけにとどまらず、社外への展開も計画しています。SXSW(サウスバイサウスウエスト)のような展示会でのネットワーキング、IRへの掲載、さらにはOEM企業への提案など、多様なチャネルを通じて、この未来像を実際の商品や事業へと繋げていく予定です。
吉松さん:
今回の取り組みを通じて、車という単体に閉じず、「車と街との関わり」や「社会におけるモビリティの役割」といった、より広い視点を持つことができました。この視点の転換は、これまでのフォアキャスティングだけでは得られなかった大きな成果です。この広い視野を今後の開発における大きな財産として、実践に活かしていきたいと考えています。
――「仕掛け人」から「フューチャリスト」へ。お二人の活動がアイシンという巨大な組織の中でどのような新しい移動の形を生み出していくのか、これからも伴走させてください。
探索段階における未来構想プロジェクトの成果の使い所は、各社それぞれです。社内資料として目指すゴールやマインドセット・ガイドラインとなり門外不出になるものや、コンセプトモデルとして昇華され展示されるもの、クリエイターによって広告やブランディングで活用されて世の中にでていくものなど。その裏側には、組織に広げる当事者の熱意と工夫が詰まってるのだと改めて思い知りました。
設定したペルソナが活き活きと暮らしている未来に期待しています!
聞き手:曽我浩太郎
執筆:久保佳那
編集:井上薫
写真:Reo Fujita
未来予報(株)のワークショップ
企業の経営会議やマーケティング・デザイン・人材育成・チームビルディングから、
学術機関や地域団体の交流など、さまざまなシーンで当社のワークショップを採用頂いています。

