日々変化する価値観を読み解き、未来を見通す力を組織に根づかせたい──。そんな思いから、JVCケンウッド・デザインで「デザイントレンド調査研究」は始まった。その原点は、社内の有志メンバーによる小さな活動だった。2024年度は「未来展望台」をコンセプトに、誰もが手に取れるカード形式のコンテンツを展開。未来への気づきを促すこの活動は、組織に何をもたらし、どんな変化を生んでいるのか。
プロジェクトを牽引する松本さん、園部さん、鈴木さん、須藤さんに、VISIONGRAPH(ビジョングラフ)の曽我がその軌跡と展望を訊く。
【写真上段】左から 松本さん(プロデューサー)、 園部さん(デザイナー)
【写真下段】左から鈴木さん(デザイナー)、須藤さん(デザイナー)
さまざまなワークショップをご一緒しているJVCケンウッド・デザインの皆さん。
ビジョンデザインには俯瞰的な視点が求められますが、自分たちで楽しみながら手を動かし続けているのもユニークだと注目していました。ここに未来思考を組織に広げる文化のヒントがあるのでは?と思って、深掘りしたくなりました。
「デザインミライ」は少し先の未来について社員同士が対話する取り組み
――会社概要とビジョンデザインスタジオの取り組みについてお聞きしたいです。
松本さん:
私たちJVCケンウッド・デザインは、JVCケンウッド・グループのデザイン部門であり、独立した子会社です。さまざまなデザイン領域を手掛けているのですが、約3年前に「ビジョンデザイン」領域を担当する部署が発足し、年々規模を拡大しています。ビジョンデザインスタジオでは、本社の研究部門と共に未来のプロトタイピングを行うことにも取り組んでいます。
毎年開催している社内展示会「DESIGN MIRAI」(以下「デザインミライ」)では、自社の未来像を描き、デザインの先行開発、研究などを紹介します。
年々来場者は増加しており、現在では多くの社員からフィードバックを得る場へと成長しています。昨年度は約800人が来場し、部門の枠を超えた一大イベントとなっています。
毎年テーマを設けており、2024年のテーマは「結ぶ」でした。背景には、本社が価値創造の拠点「Value Creation Square」として本格的に稼働し、オフィスを開放的なフリーアドレスに変え、共創が生まれやすい環境を整備したことがあります。このように、「デザインミライ」は社員同士が少し先の未来について対話することを目的としています。
――「デザインミライ」の活動が始まったのは10年前なのですね。どのような背景で始まったのでしょうか?
松本さん:
デザイン部門として、社内のステークホルダーにアピールする側面がありました。私たちは独立した関連会社として、「デザイン領域の広さ、多様さ」を示すことが重要でした。
会社事業への貢献に加え、私たち自身にもこんなことをしたい、研究したいという思いがあるので、それを実現するためのアピールや周知活動でもあります。
今回は、デザインミライの取り組みのひとつであり、独自で行っているトレンド研究についてお話ししたいと思います。トレンド研究はいくつかのコンテンツを用意していて、5年以上継続しているのが「デザイントレンド調査研究」です。
目的は、変化する社会や多様化する価値観を読み解いて、独自の視点で未来を捉えることです。今年度はコンセプトを「未来展望台」として、集めた事例を業務やワークショップで活用してもらえるようにカード形式のコンテンツを作成しました。
研究報告を読むハードルを下げるため、カード形式で展開
――デザイントレンド調査研究である「未来展望台」について、詳しくお聞かせください。
園部さん:
「未来展望台」には、現在を立ち位置にして、過去を “街の風景”として見渡し、未来予測を “星座”としてを描くという意図を込めました。
星をつなげて星座として捉えるように、未来に生まれるさまざまな兆しを星座のように名前を付けたり並べてみることで、新たな気づきや楽しさが広がるのではないかと考えました。
デザイントレンド調査研究はまずコンセプトを定めた後、2つのステップで進めます。ステップ1では、リサーチ会社のトレンドブックをもとに、事例を読み解きます。単にレポートの内容を把握するだけでなく、似た事例を自分たちで持ち寄ったり、「これは日本では逆の傾向があるかもしれない」といった異なる視点を交えながら、事例の背景や意味を深掘りしていきます。
ステップ2では、読み解いた事例をグルーピングします。もともとトレンドブックでは、社会・政治・環境・テクノロジーといった切り口で分類されていますが、私たちはそれらを“価値観”の観点から再構成しています。今回は26のカテゴリーを、「ウェルビーイング」「ライフスタイル」「デジタライゼーション」「サステナビリティ」「コンシューマー」の5つのグループに分類しました。
なかでも今年は、「ライフスタイル」と「デジタライゼーション」に関連する事例が多く見られました。価格高騰や不安定な世界情勢の影響で、ライフスタイルに関する関心が高まっていたこと、そしてAIの急速な普及により、AI関連の動向が数多く取り上げられたことが背景にあると見ています。
――これが26のカテゴリーなんですね。曼荼羅のような星座盤のような形をしていますね。
須藤さん:
この曼荼羅のような形にしたのは、価値観や事例同士の関連性をより重視したかったからです。以前は縦に並べていたため、離れたカテゴリー同士は無関係に見えてしまいましたが、円形にすることで、どのカテゴリーも隣り合わせてみることができ、価値観のつながりも見えやすくなりました。
松本さん:
各カテゴリーの数は、数年単位での推移も記録しています。定点観測を続けているので、たとえばライフスタイルやデジタライゼーションの領域が年々増えていることにも気づくことができました。
――定点観測することで変化に気づける話は、私たちVISIONGRAPHの未来予報とも共通点があり、非常に共感します。ところで、年々カテゴリー数自体が増えているようですが、分析が進んだ結果細かく分類するようになったのか、社会の多様化が進んでいるのか、どちらでしょうか?
園部さん:
情報量自体も増えていますが、多様な考え方が増えていることが影響していると思います。例えば、AIのような新技術の普及に伴い、それに距離を置こうとするデジタルデトックスの動きも広がっています。
つまり、カテゴリーがひとつ増えると、それに派生する動きやそれに反する動きが生まれていき、カテゴリー数も増加するのではないかと思います。
――イラストも非常にかわいらしく、アウトプットのクオリティがとても高いですよね。すべて社内で制作しているのでしょうか?
須藤さん:
そうです。デザインの方向性を私が担当し、基になる星座や人物などのイラストは鈴木さんが制作しました。カードのフォーマットについては、他のメンバーが読みやすい適切な情報量になるように試行錯誤してくれました。
読み物の形で研究報告を出していると難しいと思われがちなので、敷居を下げるために今年度はカード形式にしました。色使いもポップにして楽しく読めるようにして、情報量をコンパクトにしながらも読み物としての役割ももっています。
――本社や社内のみなさんはどんな風に活用していますか?
鈴木さん:
このカードは「Miro」というオンラインのホワイトボードツール上で展開していて、アクセスすれば誰でもすべての情報を見ることができます。社員からは「何気なく見ているだけでも、いろいろな情報を知ることができそう」といったコメントももらっています。
データは社内全体に公開していて、各部署でA3用紙に印刷し、6等分にカットすればそのままカードとして使えるように設計しています。
「部内の定例会で使ってみるのも面白そうだ」という声もありました。若手社員と何を話したらいいか悩んでいる方や、ちょっとした雑談が難しいと感じている上司・先輩も多く、このカードが会話のきっかけになることを期待しています。
――「デザイントレンド調査研究」は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか?
松本さん:
始まりは「トレンドを定点観測していかなければならない」と考えた有志で始めた「トレンドワーキンググループ」の活動でした。自らが必要だと感じ自発的に始めた活動だったから、継続的な活動かつ良いアウトプットができてきたのだと思います。初期メンバーはここにはいませんが、その思いを継ぐことは大切だと考えています。
メンバー全員が入れ替わって活動自体が途切れてしまわないように、少しずつメンバーが入れ替わるような形をとっています。2~3年ごとに入れ替わっているので、数年前のことも誰かしら知っていて、過去の調査内容やトレンドの傾向を共有できるため定点観測が実現しています。
――未来思考が受け継がれているんですね。有志の活動なのでみなさん普段は他のデザイン業務を担当されているのでしょうか?
松本さん:
そうですね。毎年メンバーのアサインを考えるときには、さまざまな部署の若手を中心に参加してもらうように心がけています。複数存在している若手中心のプロジェクトのひとつです。
依頼元の事業部やクライアントが不在で、自分たちで進めていくプロジェクトなので、アウトプットの形式もすべて自分たちで決めていきます。リサーチ情報を深く読み込むことも普段の業務ではなかなかないので、いい機会になっています。
インプットとアウトプットの両輪を回す。普段の業務では得られない、トレンド研究の価値
――「デザイントレンド調査研究」の活動はどのような頻度で行われていますか?
鈴木さん:
3ヵ月くらいをかけて事例の読み解きからはじまり、まとめに入るのに1カ月半~2カ月ほどかかりました。情報量が膨大なので、読み解き自体はメンバー9名で行って、その後のまとめはメインの5~6人で行っていました。
――普段の仕事とデザイントレンド調査研究の活動はどのように違いますか。使う思考や面白さ、難しさなどの点で教えてください。
松本さん:
まさに未来を予報する力(フューチャーズリテラシー)が養えますよね。未来のことを考えるお題を急に出されても、普段から未来を考えていなければ何も答えられません。常に情報収集をして、未来がどうなっていくのかを洞察している人だけが、依頼が来たときにちゃんとアウトプットできます。個々の事例を集めて構造化することで引き出しが増え、未来を考えるための瞬発力が身に付きます。デザイナーにとって必要な活動として位置づけています。
園部さん:
昨年度のメンバーはプロダクト、UI・UX、プロモーション、ソリューションなど、専門領域が異なるメンバーで構成されており、それぞれの知見を生かすことができました。普段の業務では関わらないメンバーと年齢に関係なくフラットに活動できたことも刺激的でした。
鈴木さん:
私は入社半年後くらいから参加しています。まだ他の部署の社員と関わる機会が少なかったので、さまざまな人と話すきっかけになりました。皆さんの熱量と好きなものがかけ合わされる様子、自分の専門分野と他の人の関心ごとが交わる面白さも感じました。限られた時間でしたが、納得のいくものを作り上げることができました。
須藤さん:
通常の業務では、規格や量産要件など、さまざまな制約の中で最適なものを作る必要があります。一方、デザインミライの活動は自分たちのこだわりや大事にしたいことを限界まで追及できる点が大きく違います。デザイナーが本当にターゲットに届けたいことや思いを自由に込められる仕事はなかなかないので、とても貴重な機会です。
――トレンドリサーチの活動を通じて、フューチャーズリテラシーを身につけたことで、仕事や実生活で良かったことはありますか?
園部さん:
社内でも未来をテーマにしたワークショップの開催が増え、私たちの活動やツールを紹介する機会が増えました。デザイン部門だけでなく、ほかの部門でも未来を考えることの重要性が浸透してきていると感じます。
須藤さん:
私自身は、学生時代からデザインのための分析や研究を行っていて、入社後も論文をまとめて学会で発表する機会があります。そんなときにも、未来予測の視点で自分たちの研究の意義を考える機会が多いです。学会・カンファレンスで他分野の専門家と話す際にも、「未来の生活でこんなものが必要になるかもしれませんね」と未来について雑談レベルで話すことが増えました。
鈴木さん:
トレンドリサーチの活動に関わるようになってから、10年、20年先の未来を考えることが増えました。トレンドの読み解きを行うことで、テクノロジーなどの最新技術だけでなく、私自身が関心をもっている人々の生活や社会の変化も深く知ることができます。さらに、日本国内だけでなく世界の情勢にも興味をもつようになりました。
松本さん:
常日頃から、トレンドリサーチの活動を通じて知ったことをほかの業務で活用しています。特に過去の調査結果なども引き出しとして活用することが多いです。また、今回お話しした未来展望台は、価値観の変遷に着目している点でほかの技術レポートとは異なる点に、私たちが手掛けている意義があると考えています。
――トレンドワーキンググループのように、社内に未来を考える専門組織があるのは非常に強いですよね。中期経営計画を考えるにあたって、外部のコンサルタントに頼るだけでなく、社内の文化や事情を理解する人がいることは大きな強みになると感じました。
松本さん:
自分たちでやらなければ、フューチャーズリテラシーは上がりません。インプットしつつアウトプットもする両輪が大事です。
フューチャーズリテラシーは一朝一夕では身につかない
――先日、VISIONGRAPH主催のワークショップ「未来のおだい」「兆しマップ入門」「未来思考入門」にご参加いただきました。実際に体験されてのご感想をお聞かせください。
園部さん:
「未来のおだい」と「兆しマップ入門」は“兆し”が根拠になるので、納得感をもって未来を考えることができました。
これまでも未来をテーマにしたワークショップには何度か参加してきましたが、未来について自由に発想を広げる中で、「どこに根拠があるのか?」と感じることが少なくありませんでした。
今回のように、明確な兆しに基づいて思考を進められることで、アイデアの説得力が増し、納得感も深まりました。また、もし行き詰まっても、手元にある多数のカードを組み合わせることで、流れが停滞することなく、テンポよく進められたのも印象的でした。
松本さん:
ワークの中では、限られた時間でペルソナを読み解き、解像度を上げていくことが求められます。これはなかなか難しい作業ですが、「未来思考入門」ではサザエさんのような誰もが知っているモチーフを使うと共通理解が得られることを実感しました。ただ、サザエさんを見たことがない人も数人いました(笑)。
園部さん:
「未来思考入門」ワークショップは、過去と現在と未来を比較する視点が特徴的でした。未来の小学生を考えるというお題だけでは抽象的に考えていくしかないのですが、過去と現在の共通認識があることによって、未来を考えやすかったです。
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
鈴木さん:
以前、ワークショップでファシリテーションをしたときに、トレンド調査で読んだ事例を思い出し、お話しすることができました。自分自身がトレンドを吸収し、アウトプットできる素地をもっておきたいと感じました。
園部さん:
未来思考を通じて人や想いを結び付けることによって、新たな価値を生み出せる可能性がある仕事だと感じています。常に変化し続ける人々の価値観を意識しながら、これからもデザイン活動に取り組んでいきたいです。
須藤さん:
ここ数年、未来洞察に関わる中で「未来の〇〇の情報を知りたい」「一緒に何かを企画したい」という声をよくいただきます。今のメンバーだけでなく、デザイン部門で100名、さらには社外にもこの活動を広げて、仲間を増やしていきたいです。そのときの伝え方、情報発信を工夫していきたいと考えています。
松本さん:
一言でいうなら、変化しながら継続することです。インプットやアウトプットについては常にアップデートが必要ですし、情報収集や分析の方法も変化させていく必要があります。
そして、デザイナー自身のリテラシー向上も大事ですが、受け取る側のリテラシーも上がらなければ普及していきません。フューチャーズリテラシーは一朝一夕では身につかないからこそ、継続的に活動し続けます。
デザイナーが未来を考え、社内に未来思考を伝播していくことの意義の輪郭が見えてきた気がします。答えがないから難しい、大変、だけど楽しい…!そんなチームの空気感もとても素敵で共感しました。本日はありがとうございました!
聞き手:曽我浩太郎
執筆:久保佳那
編集:井上薫
写真:Reo Fujita
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