このシリーズは、Podcast 「予報犯ラジオ|Future Crime Files」のエピソードをベースにしています。
「もし、夫婦で“記憶を共有”できるとしたら、あなたはそれを選びますか?」
言葉のすれ違い、覚えていない約束、忘れられない一言。
関係の摩擦は、「記憶」があるから生まれる——そう考える人もいるかもしれません。
記憶共有技術は、互いを深く理解し、関係を修復する手段として語られ始めています。
けれど記憶は、単なるデータではありません。
それは、その人の存在そのものを支える土台です。
未来犯罪シリーズ第4回では、「記憶を共有する社会」が、夫婦関係を癒すどころか、“存在を消す”事件へとつながる可能性を考えます。
未来犯罪のシナリオ:記憶の溶解ーー消えた夫

2040年代、日本の多くの家庭で「Memory Sync V2.0」が普及していました。
Podcast | 予報犯ラジオ Future Crime Files – Presented by 未来予報研究会 ep04 : 記憶の溶解ーー消えた夫より
夫婦や親子が互いの記憶を部分的に共有し、関係のすれ違いを減らす──。
そんな夢のような技術です。
国は“関係修復デバイス”として補助金を出し、広告はこううたいました。
「記憶を共有すれば理解が生まれる。AIが科学で支えます。」
しかし最初に壊れたのは、夫婦の絆でした。
東京都内。ある朝、妻の沙織は目を覚まし、隣の男を見て言います。
「失礼ですが、どなたですか。」
男は笑って答えました。
「何言ってるんだ、沙織。俺だよ。」
しかし彼女には、本当に分からなかったのです。
拓也はかつて彼女の記憶に触れ、喧嘩や暴力の記憶を“書き換え”、
怒鳴り声を“優しさ”に変えていました。
彼はそれを「愛の形だ」と信じていました。
ですが記憶は鎖です。
ひとつ外すたび、他の記憶も崩れ落ちていきます。
結果として沙織の中から拓也との7年間の記憶の9割以上が消え去ってしまったのです。
暴力の記憶だけでなく、朝食も会話も、笑顔も。
存在を結びつけるすべてが消えました。
医師は告げました。
「改変した記憶と結びついた“あなた”も消えています。」
法廷では新たな罪名が読み上げられました。
「記憶改竄による精神的虐待罪」。
検察は“存在論的殺人”と主張し、弁護側は「誰も死んでいない」と反論。
有罪判決が下され、PCIデバイスの使用は禁止されました。
最新事例:脳インプラントと「記憶技術」の兆し
記憶の改ざんはまだSFに見えるかもしれません。ですが技術の進展は、確実に“入口”へ近づいています。
たとえば脳インプラントの領域では、脳信号によるコンピュータ操作など、人間での実験段階が報じられるようになりました。
また記憶に関わる研究として、海馬の働きを模倣するチップの研究や、動物実験での記憶再現に関する話題が登場し、「記憶は扱える」という思想が研究と資本の現場で立ち上がりつつあります。
そして何より、記憶の“外側”にある記録編集はすでに生活インフラです。顔も声もテキストも、編集できる。
記録が変われば、記憶も引っ張られる。そこに「同期」が入ると、夫婦や家族の関係は、まったく別の相に入っていくはずです。
🔳Neuralink
脳とコンピュータを直接接続するブレイン・マシン・インターフェース企業
設立年:2016
本社所在地:Fremont, CA, USA
Neuralinkは、人間の脳とコンピュータを直接つなぐ「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」技術の開発を行う企業。脳内に埋め込む超小型チップを通じて神経信号を読み取り、身体機能の回復やデバイス操作を可能にすることを目指している。とくに麻痺患者の運動機能支援や、神経疾患の治療応用が初期の主な対象とされている。
従来の医療機器とは異なり、Neuralinkは「脳を情報の入出力装置として扱う」発想を前面に押し出している点が特徴である。近年は人間への臨床試験も進み、思考によるカーソル操作などの成果が報告される一方、倫理面や安全性、記憶や人格への影響といった懸念も議論されている。脳とテクノロジーの境界を再定義する存在として、医療のみならず社会全体に大きな問いを投げかける企業となっている。
歴史を振り返る:記録は、いつも編集されてきた
この事件は「記憶の改ざん」というSF的な恐怖であると同時に、もっと古い構造の延長線上にあります。
それは、人類がずっと繰り返してきた「記録の編集」の歴史です。
始めに共同体は、口承(語り)によって知恵を受け渡してきました。そこでは出来事がそのまま残るのではなく、“意味のある物語”へと編集されます。悲劇を教訓に変え、敗北を次世代の知恵に変える。
口で伝えるということは、すでに「出来事を生き延びる形に整えること」でもありました。
次に文書の時代が訪れます。文字は、権威になります。だからこそ、歴史は「書かれたもの」が勝ちやすい。勝者が歴史を書く——その言葉の通り、国家や権力は文書によって、正しさを固定し、都合よく塗り替えてきました。
そして写真や録音の時代。客観的な証拠のように見える記録が、人々の認識を縛るようになります。ですが写真もまた、プロパガンダに利用され、合成され、切り取られ、意味づけられてきました。
いまはどうでしょう。編集技術は、国家ではなく個人の手にあります。表情も、声も、履歴も、「それっぽく」作り替えることができます。ここまで振り返ると、ひとつの結論が見えてきます。
記録は、常に“真実”ではなく、“真実らしさ”として運用されてきたということです。
現代の気づき:記憶が“真実”になる怖さ
記録であれば第三者が検証できます。
しかし記憶は本人にとっての世界そのものです。
1980年代のアメリカで広まった“回復記憶療法”は、記憶を掘り起こすことで癒やす試みでしたが、偽の記憶を生む危険性が指摘され、冤罪につながった例もあります。
記憶は本人の真実であっても検証が難しいのです。
Memory Syncが実現する世界では、この危うさが“技術的な編集可能性”として増幅されます。
善意の下で消された“痛み”は、同時に存在の輪郭まで揺らしてしまうのです。
未来への提言:記憶共有を“関係修復”にするための条件
この事件が示しているのは、「記憶共有は危険かどうか」ではありません。
大切なのは、どう使えば人間関係を壊さずに済むのかという視点です。
1. 主観だけでなく、客観の視点を残す
記憶は主観です。同じ出来事でも、受け取り方は人によって違います。
だからこそ、感情を伴う記憶だけでなく、出来事を整理した「客観的な記録」も並べて残す必要があります。
主観と客観、そのバランスがあって初めて、理解は一方通行になりません。
2. 共有より、「仲介」がある技術
もし記憶を扱う技術があるなら、常に同期する必要はないのかもしれません。
喧嘩のときだけ使える、第三者やAIが間に入る仲介サービス。
すべてを見せ合うより、整理された形で受け取るほうが、関係は壊れにくいはずです。
3. 消すより、残したい記憶を選ぶ
嫌な記憶を消すことよりも、うまくいった瞬間や乗り越えた経験を残していく。
記憶を編集できる時代だからこそ、「何を消すか」ではなく
「何を残すか」が、関係の未来を決めていきます。
まとめ:記憶が消えるとき、存在も消える
「証拠を消したつもりが、彼女の中の私そのものを消しました」
この一言が、今回の事件の核心です。
人は、誰かの記憶の中で生きています。
そして私たちはすでに、記録の編集が当たり前になった世界にいます。
だからこそ、記憶共有技術が実現したとき、それは便利なガジェットでは終わりません。存在の輪郭が、仕様として書き換えられる時代が始まります。
未来の事件は、大きな爆発ではなく、「初めまして」という小さな言葉の反復として起きるのかもしれません。
その前に私たちは、記憶と記録の扱い方を学び直す必要があります。技術に委ねる前に、まず“人間の側の仕様”を整えるために。
予報犯ラジオを是非聴いていただいて、一緒に考えていきましょう!
Podcast 予報犯ラジオ
未来に起こるかもしれない“架空の事件“から、
過去と現在を読み解き、明日を生き抜く知恵を見つける思考実験ポッドキャスト