未来をのぞける博物館シリーズの第15弾。今回は、兵庫県たつの市にある「昭和レトロ情景館」を紹介します。
「播州そうめん」の代名詞・揖保乃糸や、伝統の醤油造りで知られる兵庫県たつの市。 国の「重要伝統的建造物群保存地区」にも選定されたこの街には、今も白壁の土蔵や醤油蔵が立ち並び、往時の面影を色濃く残しています。
そんな風情ある街並みの一角、築200年の古民家にひっそりと佇むのが、今回ご紹介する「昭和レトロ情景館」です。
古民家に広がる圧巻の昭和ジオラマ

古民家の二階へと足を運ぶと、そこには見る者を圧倒するほど精巧なジオラマの世界が広がっています。
手前には活気あふれる商店街が軒を連ね、そして奥には美しい緑の木々が広がっており、ジオラマの周囲にぐるりと線路が敷かれ鉄道が駆け抜けています。どこを切り取っても溜息が出るほど緻密な仕上がりに、思わずどこから眺めるべきか立ち尽くしてしまうことでしょう。

この施設は、加瀬康之さんが個人で運営する私設の展示館。
かつて幼少期に目にした、あの活気あふれる街並みが時代の波とともに消えてゆく。その失われし風景を形に留めたいという情熱が、ジオラマ制作の原動力となりました。
そのモデルは、昭和40年代以前の記憶を投影した架空の「東龍野駅」周辺の風景。今はもう見ることのできない往時の熱気が、精緻な手仕事によって鮮やかによみがえっています。

目を凝らすほどに、その精緻な技巧に魅了されます。建物の外観はまさに本物そのもの。ミニチュアサイズの中に驚異的な再現度が凝縮されており、眺めるほどにその世界観へと引き込まれてしまいます。

また、賑やかな商店街の先には、町外れののどかな田園風景が見事に描き出されています。雑貨屋の古びた看板や、店先の郵便ポスト、そして静かに佇むバス停。その一つひとつが、かつてそこにあった確かな暮らしを物語り、ジオラマからは人々の息遣いまでもが聞こえてきそうな、温かな情緒が漂っています。

さらにジオラマの中を駆け抜ける鉄道模型に目を向ければ、そこには立派な機関庫までもが忠実に再現されています。今では各地の鉄道博物館でしかお目にかかれない貴重な光景ですが、お子様たちにとっては「きかんしゃトーマス」の世界でお馴染みの光景ではないでしょうか。
様々な人間模様が垣間見える

ジオラマといえば、つい壮麗な街並みに目を奪われがちですが、この作品の真髄はそこに息づく「人々」にあります。行き交う通行人の一人ひとりまでもが細やかに再現されており、様々な人間模様を垣間見ることができます。

こちらでは、踏切が開くのを今か今かと待つ通行人や自動車の姿が見られます。遮断機のバー一本から、傍らに立つ道路標識に至るまで、細部まで徹底して作り込まれたその光景は、まるで時が止まった本物の街角を覗き込んでいるかのようです。

こちらでは、警察による検問が行われていますね。1台のバイクが検問に引っかかっていますが、どういった交通違反だったのでしょうか。

こちらのジオラマは、嬉しいことに写真撮影が可能です。どこを切り取っても絵になる光景ばかりで、シャッターを切る手が止まらなくなるほど、撮影に夢中になってしまいます。レンズ越しに角度を工夫すれば、そこにはミニチュアであることを忘れさせるような、本物と見紛うばかりの景色が広がっています。
昭和の思い出心をくすぐる感動的な夕景

この施設の真に驚くべき点は、昼の活気だけでなく、郷愁を誘う「夕景」までも堪能できることです。毎時30分になると、加瀬さんが静かにカーテンを閉ざし、部屋の明かりを落とします。すると、ジオラマの世界は柔らかな影に包まれ、美しい夕映えの色に染まりゆくのです。

そしてよく目を凝らしてみると、屋台やちょうちんの一つ一つにも明かりが灯っている様子が分かります。

そして、お店の中にもご注目。お店の中にも明かりが灯り、商品を眺める人々の姿が垣間見えます。
今は大型スーパーやショッピングモールが台頭している時代ではありますが、昔はこうした商店で買い物をしていた光景が当たり前のように広がっていました。
情景館が定年後の生きがいに
ジオラマについて細かい部分まで紹介してきましたが、そもそも、加瀬さんはなぜ、この情景館を開くに至ったのか。その転機が訪れたのは、加瀬さんが50歳の頃でした。
当時、たつの市役所に勤務していた加瀬さんは、「このまま定年まで勤め上げた後、自分はどのような人生を歩むべきか」と自らに問いかけたといいます。その時に出た答えが、「定年後に自身が制作したジオラマを展示する施設を作ろう」という決意だったのです。

そう決意してからというもの、加瀬さんは定年を迎えるまでの13年間、ひたむきにジオラマ制作に打ち込んできました。思い立ってから13年もの歳月をかけて、変わらぬ情熱で作り続けることは、決して容易に真似できることではありません。
平日は市役所での業務に励み、限られた週末の時間を惜しみなく注ぎ込む。そんな地道な歩みを積み重ね、一歩ずつ夢を形にしていったのです。

今回ご紹介した加瀬さんに限らず、定年退職という節目を機に、自らの手で博物館を開設される方は少なくありません。現役時代から綿密な計画を立てて準備を進める方もいれば、退職を機に長年のコレクションを公開しようと志す方まで、その形は実にさまざまです。

今回は、定年後の未来を見据えて私設博物館を開設した事例をご紹介しました。自らの理想を実現するために、先を見越して行動に移すことの大切さを、加瀬さんの歩みは改めて教えてくれます。その生き方は、多くの人にとって豊かなセカンドライフを考える上での、大きな道標となるのではないでしょうか。
しかし、単に計画を立てるだけでは夢は形になりません。何よりも重要なのは、日々の積み重ねを厭わない「継続の力」です。目の前に広がるこの精巧なジオラマは、一歩一歩コツコツと歩み続けることの尊さを、私たちに静かに語りかけているようです。
博物館に行ってみよう!
昭和レトロ情景館
住所:兵庫県たつの市龍野町日290番地
営業時間:11:00~16:30(最終入館は15時)
休館日:月曜日・火曜(祭日の場合は開館)※月曜又は火曜が祝日の場合、水曜が休館
入館料:高校生以上 550円/小中学生 300円/小学生未満 無料
公式HP:http://syouwa-retro.jp/
